IT化をしない勇気? 2004年5月号
 

その部署を初めて見た人は誰しも「あれ、何かが違うなー」と思うそうだ。いつもの見慣れた社内と雰囲気が違う、しいていえば「すっきり」していると言うか。実はパソコンのモニタやキーボードが各自の机の上に1台も無いのだ。

一昔前なら当たり前の風景だったが、ITブームがやってきて「一人一台は当たり前」になり、ほとんどのオフィスには必ずといって良いほど、各机の上にはパソコンのモニタが置かれている。それも最近では液晶ディスプレイが普及して幾分すっきりしたものの、やはり机の上のモニタと睨めっこをして仕事をしている風景が当たり前になった。
ところがその部署ではモニタが一台もおかれておらず、その部署の机の島の横に、一列に並んだ机があり、そこにパソコンが置いてあるのだ。
当初は一人一台パソコンが配置されていたそうなのだが、ウィルス騒動がきっかけとなって、「はたして一人一台必要なのだろうか?」という社長の疑問から始まったという。
実際に利用調査を行ってみると「私的利用」や「トラブル解決」等、生産性とはまったく無縁な内容が思ったより多かったそうだ。
例えばインターネットの閲覧だが、あえて仕事に近い分野と判断するものを除いたとしても、個人的な趣味や興味に近いページの閲覧率が半数を占めていた。またメールの利用についても同様の結果が出た。これはその部署のメンバーにはあらかじめ、この調査をすることを伝えているにもかかわらず、このような結果が出たというから驚きだ。
一方パソコン稼働中にいかに有効に利用できていたかを調査した結果だが、残念ながらこれも「有効に活用されている」とはいえる結果が出なかった。あるメンバーに至ってはパソコンの利用時間の1/3がトラブルの対応に追われていたという驚くべき結果まで出たのである。もちろんたまたまそのマシンの調子が悪かったので、本人に全面的な責任があるわけではないのだが。

こうした結果を元に社長はこの問題点を解決するためにいくつかのベンダーに依頼をしたそうなのだが、提案される内容は「セキュリティを強化するために○○サーバーが必要です。」とか「利用状況を監視するために○○ソフトを導入しましょう。」というものばかりで、抜本的な対策とは程遠いものばかりであったという。
そんなある日、総務部長と社有車の償却の話をしている時に、部長が「購入してもう6年経つのですが、傷がほとんど無いんです。やっぱり共同で使うからでしょうか?」といった瞬間、社長は「これだ!」と思ったという。
もし社有車を個人にあてがうと、当然自分の乗りやすい環境を整えるだろう。きれい好きな人は車をせっせと磨くだろうし、中にはカーナビをつける人まで出てくるかもしれない。しかし「みんなで共有している車」と利用者が意識した場合「これは他人も使うのだから」という気持ちが起き、自分用に改造したり私的なドライブに使ったりすることは無くなる。
同じようにパソコンも共同利用にすると、同じような効果が出るのではないかと思ったという。もちろん「共有することのディメリット」も出てくるだろうが、管理する側がきちんと管理していかなければならないだろう。

こうして社内の強い反対もあったが、テストケースでということで7人のメンバーがいる総務部門でその仕組みを導入することにした。具体的に採った対策は冒頭のように、1.パソコンを個人の机の上に置くのではなく、横に机を並べ5台のパソコンを一列に並べる。2.その5台のパソコンは基本的にすべて同じ仕様とする。3.メールアドレスも総務部門共通のアドレスをひとつ取得して全員で共有をする。
データはサーバーにデータを置くルールにしたので、その5台のパソコンのどこからでもアクセスが出来るし、バックアップもサーバー側でバックアップを行うので安全性も高まった。また仮に一台が故障しても隣のマシンに席を移すだけなので、トラブルによる作業中断も格段に減ったそうだ。故障して調子の悪かったパソコンについては、予備に保管してあったパソコンを倉庫から持ってきて、面倒な設定を一切せずに繋ぐだけなので、管理する側もメンテナンス効率が上がったという。

導入して半年経つが、パソコンを共有することによる大きな問題は起きていない。あえて言うならば、パソコンが5人使うと残りのメンバーが使えなくなるということがあったが、それも事前に利用時間を申請しておくことで解決した。また社内連絡において個人のプライバシーに関する情報、例えば「人事に関する情報」とか「給与・待遇に関する情報」等の扱いが、個人に配布したパスワードによって鍵のかけられた書類を配布する方法をとっている。ここのプロセスが少し面倒なので、オペレーションの見直しを行っているところだ。
メンバーもはじめはいろいろと文句を言っていたらしいが、最近では「まずこの仕事は本当にパソコンが必要かどうか考えるようになった」とか「事前に机の上で構成を下書きしていくので、企画書を提出するまでの総時間が短縮した。」とか、前向きな意見が多くなってきたという。

今後はこの方法を全社にどのように普及させていく方法を、現在のテストケースの結果を元に半年間をかけて検討していく。このように「IT化をあえてしない勇気」ということも今後ますます必要になっていくのではないだろうか。