災害時におけるインターネットの力 2004年10月号
 

7月18日午前5時ごろ突然自宅の電話が鳴った。眠たい目をこすりながら受話器を取ると福井に住む祖母の声。「ひどい雨でのう。家の中にも雨が入ってきてるんじゃ。」何のことか初めはわからなかったが、電話のやり取りをしているうちに「昨夜から今朝にかけて大変な雨が降った。」「裏山からの小川が氾濫し家に押し寄せてきている。」ということらしい。それは大変だ。

私は東京に住んでいるので何もできない。とりあえず祖母の隣の家(祖母の妹の家)に電話をしてみたが、祖母の家にもたどり着けないほど水が出ているということ、今は自分たちも蔵に避難をしているということだった。
近所の叔父の家に電話をして(そこも似たような状況だったが)とりあえず祖母を助けに行ってもらうことにして、その知らせを祖母にと、電話をかけたが話し中で、つながらない。何度かかけ直してみたがつながらない。いやな思いがして、祖母の隣の家、さっきの叔母の家とかけてみたが、全てつながらない。叔父への電話を最後にその村には電話が通じなくなっていた。

朝のニュースが始まる時間なので、チャンネルを回してみるが「福井県北部で強い雨」ということしか分からない。そこでインターネットで何とか情報をと思いあらゆる検索をしてみるが、同じように「強い雨、それも記録的な雨が降った」ということしか分からなかった。
一方妻と手分けをして福井の知り合いに電話をしたのだが、町の中心部に住むもう一方の叔母の家には電話が通じたので断片的にだが情報が入ってくるようになった。(実はこの町の中心部の雨が一番ひどく、道路は寸断され1日以上孤立してしまったのに、電話だけが奇跡的につながっていたのを後で知ったのだが・・・)

昼近くになってテレビでも福井市内の「堤防決壊」のニュースが大々的に取り上げられたが、祖母などが住む山間部のニュースは全く流れてこない。インターネットでも同じように「堤防決壊」が中心で、地元の新聞社が唯一「山間部では孤立状態」の中に祖母の住む村の名が入っていた程度であった。福井県や福井市のホームページでは災害情報を新設しているが、具体的な状況は全く分からない。
唯一私たちの情報ソースは叔母との電話であった。叔母はたまたま町役場の近くに住んでおり役場関係の方々に顔見知りが多く、その人たちから集めてきた情報が中心であった。役場の人たちは午前中の雨もまだ止まぬうちから孤立している村々をまわり、時には橋が流されたり、時にはがけ崩れで道が塞がれたりして、その場合は何時間も大回りをして、被害状況を確認してまわったそうだ。そうした情報を叔母は拾ってくるたびにこちらに連絡をくれた。そうして夕方には「祖母は叔父の家で無事」の一番知りたいことも連絡があった。そうしてその日のうちに親戚全員の無事が確認され、ほっと一息を付けるようになった。

翌日からはインターネットでも情報が入ってくるようになった。地元のテレビ局が配信しているニュースに祖母が避難している村の全景が移ったり(道が遮断されてそれ以上近づけない、というニュースだったが)、ヘリで救出される写真に蔵に避難していた家族が写っていたりした。有志の方が写真や状況が、ホームページにアップされるようになり(中には被害にも遭われたにもかかわらずアップしていた方もいた)、あらためて被害の大きさを知るのであった。

数日経つとテレビや新聞ではまた別の新しいニュースが流され、福井豪雨の話はあったとしてもほんの少し取り上げられるだけであった。まだ叔父の村には電気や電話等のライフラインは止まっており、もちろん祖母とも直接連絡が取れたわけではなかった。
一方インターネットのホームページ上の情報が充実してきたのである。「道路の不通区間」「家屋の破損状況」「復旧状況」等が県や町のホームページに具体的に掲載されるようになったが、何よりもボランティアの方々の情報発信が目立ってきた。ボランティアの受け入れ情報や心得とともに、村やそこに住む人々(もしくは住んでいた人々)の情報も配信されるようになった。中には映像を撮っては携帯の通じる町まで出て、映像をネット上で配信する。それを1日に何回も繰り返すという、テレビ局も顔負けのことまでやる方もいた。

「「速報」という点では全く役に立たなかったが、時間が経てば「情報量」と言う点では他を圧倒するだけのものがある。」これは、災害時に被災者の周辺にいる私が見たインターネットについての感想である。

(このたびの「平成16年7月福井豪雨」により被災されました皆様に対し、お見舞い申し上げますとともに、亡くなられた方々の御冥福を衷心よりお祈り申し上げます。
一方で、数多くのボランティアの方々が全国から我が家を含め福井県に多数支援をいただき誠にありがとうございました。この場をお借りしてお礼を申し上げます。)